やっちゃん日記・山行記録集

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zoom RSS 片羽山

<<   作成日時 : 2010/06/04 19:48   >>

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山行日  2010年5月30日(日)晴れ
所在地  岩手県釜石市
標 高  1313.2m(雄岳)


片羽山は遠野物語32話の舞台になった山の一つだという。遠野物語32話には「千晩が嶽は山中に沼あり。この谷は物すごく腥き臭のする所にて、この山に入り帰りたる者はまことに少なし。昔何の隼人といふ猟師あり。その子孫今もあり。白き鹿を見てこれを追ひこの谷に千晩こもりたれば山の名とす。その白鹿撃たれて逃げ、次の山まで行きて片肢折れたり。その山を今片羽山といふ。さてまた前なる山へ来てつひに死したり。その地を死助といふ。死助権現とて祀れるはこの白鹿なりといふ。」と書かれている。
千晩ヶ岳(仙磐山)から片羽山へと白鹿を追って来た猟師、そしてついに死助(権現山)にて白鹿は息絶えたのだという。
 片羽山へは今まで二度登っているが、今回は猟師の縫が白鹿を追った森、そして傷ついた白鹿が逃げ歩いた千晩ヶ岳から死助へ続く森を、山頂から眺めてみようと思う。

片羽山(雄岳、2004年11月)の山行記録は こちら

千晩ヶ岳(仙磐山、2010年4月)の山行記録は こちら

7:38分  登山口出発
 今日は日曜日、朝から快晴。登山者が多いだろうな・・駐車スペース(約5台)が狭いから車大丈夫だろうか・・?と心配しながら登山口に到着する。しかし予想に反して車は一台もなし、一番乗りだった。登山者名簿のノートは最後のページまで記帳済みで余白無し。
 鳥居をくぐり古い林道を登る。周囲はアカマツ混じりの雑木林、花は山ツツジがそろそろ見ごろといった感じ。

↓鳥居をくぐって登山道へ入る
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7:48分  一合目着
 一合目の表示板を過ぎて二合目の手前で、東側の木々が途切れて展望が開ける。登山道から笹原に踏出すと北方に貞任高原の風車とその遠方に早池峰山が、その右には白見牧場の風車と白見山も見えている。

↓北方に白見山と白見牧場の風車が見える
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8:12分  二合目着
 新緑は6〜7割といった感じ。葉っぱがまだ開ききっていない木々が多い。陽射しがたっぷり刺し込む林床には、短くまばらな笹原が広がり視界がよい。

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8:17分  三合目着
 林道が通っているくらいだから周囲の森は数十年前に伐採されている。地面から数本の幹がひと塊になって生えている、そんな木は切り株からの再生木なのだろう。林床が薮っぽくないから鹿の活動には適しているように見える。しかし鹿の姿も鳴き声も聞こえてこない。4月に仙磐山に登った時には林床が鹿の糞だらけだったのだが、わずかな距離しか離れていないのに不思議なものだ。

↓切り株から再生した樹木だと思う
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↓四合目の手前で木々の間から権現山が見える
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8:31分  四合目着
林道は四合目付近で終わる。表示板の文字が消えているからたぶん四合目だと思うが・・その先は歩道が始まる。四合目から上部は伐採を逃れたブナの大木も見られるようになる。反面林床のササの草丈が高くなり藪っぽくなってくる。しかし登山道はしっかり刈払い整備されていて歩きやすい。

↓四合目を過ぎると大木が残っている
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 白鹿がぬえに追われて逃げ廻った森はどの辺りだろうか?四合目から上はササ薮がひどくなるから、登ってくる鹿は少ないような気がする。白鹿は鉄砲で撃たれて傷を負っているのだから、なおさら山登りはしないだろう。とすれば千晩ヶ岳から谷筋を通って逃げてきた可能性の方が大きいかも・・。
 すると一合目、登っても二合目あたりまでだろうか。・・などと考えながら歩いて五合目の表示板を見落としてしまう。
8:55分  六合目着
 登山道の両側は背丈を越えるササ薮に覆われている。昨年の刈払いだろうか、2〜3m幅に整備され、快適な歩道が続く。急斜面を登りきると正面に山頂が見えてくる。

↓刈払い整備された登山道を登る
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↓鞍部に下る手前で正面に山頂が見えてくる
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9:13分  鞍部着
 尾根の上、一旦鞍部に下り登り返す。
9:15分  七合目着
 山頂まで急登が続く。
9:25分  八合目着
9:30分  九合目着
 九合目を過ぎると北側の展望が開ける。白見山から早池峰山方面の山並みがきれいに見えている。そして早池峰山の左、六角牛山の右に白鹿が息絶えたと言われる権現山(死助)も見えている。この位置から眺めると970mの権現山はかなり低く見える。
9:41分  片羽山山頂到着
 山頂には二等三角点がある。そして掘り出された主三角点柱石に片羽山のプレートが針金で括り付けられている。西隣の六角牛山にも掘り出された主三角点柱石があった。
 山頂からの展望は素晴らしい。西隣に六角牛山、北方に早池峰山、西方に霞んで石上山。北方に白見山(白望山)南方には雌岳とその奥に愛染山と五葉山等々・・そして東隣には白鹿が撃たれたという仙磐山(千晩ヶ岳)が見えている。北西に見える権現山(死助)まで手負いの白鹿が逃げ歩いたという。傷を負った鹿にとっては遠い道のりだっただろう。やはり麓の谷筋が逃走路だったのかも・・。
 山頂で山座同定をしながら展望を楽しんでいると、単独男性が登ってきた。宮城県の方、片羽山は始めてだという。下山するまで他に登山者と出会うことはなかった。


登山口→10分→一合目→24分→二合目→5分→三合目→14分→四合目→24分→六合目→20分→七合目→10分→八合目→5分→九合目→11分→片羽山山頂
登山口→2時間03分→片羽山山頂


↓山頂から六角牛山
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↓権現山方面
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↓早池峰山方面
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↓白見山方面
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↓霞露ヶ岳方面
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↓仙磐山方面
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↓仙磐山から岩倉山方面
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↓五葉山方面
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↓大峰山方面
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山頂の直ぐ下に鳥居と祠がある。祠の中には石の権現様が二体祭られている。仙磐山の山頂近く、千晩神社にも権現様が祭られていた、そして権現山にも死助権現が祭られているという。この三つの山の権現様は白鹿の死と関係があるということなのだろうか?
 11:32分 下山する。この後死助権現を参拝して権現山へ向かう。

↓片羽山山頂のお社
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 権現山(死助)の山頂に白鹿の霊を弔うために祭った石の権現様、その権現様を死助権現と呼ぶのだという。その死助権現は権現山から下ろされて麓の集落近くに祭られているという。県道35号を遠野市へ向かう。笛吹峠の手前右側に目指す神社があった。

↓死助権現が祭られている神社
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 権現様は大小二体。苔むして小さい方の権現様は右の頬がナイフで削り取ったように欠けている。写真では苔だらけで良く分からないが、目鼻などはそれなりに彫刻されているから、初めから欠けていたとは思えない。しかし何かにぶつかって欠けたにしては不自然な感じがする。
 二体を比べてみると苔むした権現様の方が古いのは明白。してみると死助権現は頬の欠けた小さい方だろうか。

↓二体の権現様が祭られている
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↓死助権現は右側か?
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 死助権現は権現山の山頂に祭られていたという。この場所には空っぽの石の祠があるが権現様は野ざらしになっている。すると死助権現の祠はまだ権現山の山頂にあるのかもしれない。権現山には登山道が無さそうだが、薮がひどくないようなら登って見たい。権現山へ向かう。


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